弁護士 山本衛 On Court

無罪

重々しいタイトルですが、完全に箸休め的な投稿です。
箸休めのくせに長いですが・・・

以前、Twitter(@lawyerYamamotoです!よければフォローお願いします)で、「「無罪」とは、刑事裁判における要件事実を証明できなかったことを示す専門用語であって、「何も悪くない」「潔白」といった道徳的なニュアンスを何ら含むものではありません。無罪を主張するというのは、この人は何も悪くないと主張するのとは全く意味が違います。」と投稿したところ、それなりに反響をいただいたので、もう少し敷衍しようと思います。

無罪について書かれている条文は刑事訴訟法336条です。「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。」と書いてあります。
「被告事件が罪とならない」というのは、たとえばこの記事を読んでいる貴方が「被告人は、○○テニストーナメントの決勝戦ファイナルセットタイブレーク4-5において、サーブ権を有していたところ、2回続けてダブルフォルトした」という罪で起訴されたとしましょう。この公訴事実が真実であれば、それはまことに遺憾な状況ですが、法律上の罪とはならず無罪となります。もちろん、実際の刑事裁判ではこんなことはめったにありません。
他方で「被告事件について犯罪の証明がないとき」というのはたくさんあります。たとえば誰かが「被告人は、〇月〇日、東京都内の○○テニスショップにおいて時価3万円相当のラケットを窃取した」という罪で起訴されたとしましょう。その人は全く身に覚えがないと主張しています。審理の結果、実際に盗んだのはその人によく似た別人であった可能性があることが判明したとしましょう。この場合「犯罪の証明がない」として無罪になります。

この2つ目のパターンですが、「可能性がある」というところがポイントです。刑事裁判では、被告人が罪を犯したことが、常識的に考えて間違いないといえる場合にだけ、有罪とすることになります。そうすると、神様の目から見て実際にはやっていた人が無罪になる可能性もあります。しかし刑事裁判では、そういう結論も一定程度やむを得ないと考えます。そうしないと、やってもいない人がどんどん有罪になってしまうかもしれず、そっちの方が不正義が大きいと考えるからです。そうすると「無罪」というのは必ずしも「その人は潔白である」こととイコールではないことになります(※注)。
他にもこんな無罪があります。「酒に酔った女性の意思に反して性交をしたが、同意があると思い込んでいた」みたいなやつです。これは道徳的にけしからんやつだと思う人もいると思います。実際けしからんケースも多いでしょう。しかし、犯罪が成立するためには「故意」が証明されないといけないので、ほんとうに同意があると思い込んでいたら判決は「無罪」となります。しかし、その「無罪」によって道徳的にけしからんという評価がなくなるわけではありません。
「通りがかりにすれ違った人をいきなり刺し殺したが、統合失調症の重大な影響により心神喪失だった」という「無罪」もあります。いやこれが「無罪」はおかしいだろ、と思う方がほとんどだと思います。しかし、刑法上、罪を問うには「責任」(これも専門用語であることに注意)が必要で、心神喪失の場合「責任能力」がないとして「無罪」となります。ですがもちろん、この「無罪」は、行為が善であるとか、その人が何も悪くないといったことを意味しません。何の落ち度もない尊い命が失われたのですから、それは遺族からしたら絶対に許せない事態であり、善か悪かでいったら(善悪の定義にもよりますが)悪といってもよいでしょう。例えばもっと早くに治療すべきだった、入院すべきだった、そこに落ち度があるといわれれば、そういうケースもあるでしょう。こうした価値観を「無罪」は全く否定しません。

こうしてみると、僕はこの「無罪(罪が無い)」という響きが、実際の意味よりももっと道徳的な善を意味する方向で拡大解釈されているのではないかと思う時があります。拡大解釈される結果、時に弁護人の「無罪」主張や裁判所の「無罪」の判断は「無罪なんておかしい!」と反発を招きます。
「無罪」は、誤解を恐れずにいえば、刑事訴訟法というルール上の記号にすぎません。別の言葉に言い換えても通じます。たとえば「サービングフォーセット」と言い換えても通じますし、「コードバイオレーション」でも通じます。「ニューボール2個缶」でも問題ありません。断言しますが、ルールとしてはそれで何の問題もなく機能します。「犯罪の証明がないときは、判決でニューボール2個缶の言渡をしなければならない」という法律であれば、ニューボール2個缶推定が働く結果、犯罪の証明がなければニューボール2個缶として扱われるべきですし、被告人はニューボール2個缶であることの証明をする必要はありません。検察官が有罪を証明できず、起訴された被告人が「主文。被告人は、ニューボール2個缶」という判決の言い渡しを受けそれが確定すれば、刑事補償やニューボール二個缶費用補償を受けることができます。「ニューボール2個缶」という言葉の響きに善悪はありませんから(僕はニューボールの匂い好きですけど)、「責任能力がないとしてニューボール2個缶と主張した」というニュースがあっても「まあ、そういうルールなのね」としか感じないと思います(もしかしたらその世界では、ニューボール2個缶の響きが違ってくるのかもしれませんが・・・)。この用語で、何の問題もなく法律と刑事裁判は回っていきます。
他方で、例えば「無実」とか「潔白」とか「善」といった概念は専門用語ではなく法律用語ではないので「ニューボール2個缶」に置き換えることは無理です。被告人が「私は潔白なので無罪を主張します」というところを「私はニューボール2個缶なので無罪を主張します」と言い換えることはどう転んでも意味不明で、通じません。これが、専門用語と一般的なことばの違いです。

これが「無罪」は専門用語であるゆえんです。
したがって、弁護人が「無罪」を主張するのは、この人は何も悪くないと主張するのとは全く意味が違います。裁判官が「無罪」を言い渡すのは、この人は何も悪くないと判定するのとは全く意味が違います。冒頭で紹介したtweetは、そんなような意味です。

「無罪はおかしい!」という前に「無罪」とはなんなのかを考えてみませんか?というお話でした。

(※注)ただし、人は有罪の裁判を受けるまで、社会生活上も無実であるとして取り扱われるべきです。

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