テニス関係裁判例紹介「ITF vs Robert Farah」

 テニス界を驚かせた世界的に有名なダブルスプレーヤーのロベルト・ファラ選手(コロンビア)のドーピング問題ですが,先日,暫定的な出場停止処分が取り消される決定が出されました。ITF(international tennis federation)の決定を,日本のニュースよりも少し詳しくご紹介したいと思います。

【事案と決定の概要】
 ITFは,ファラ選手のドーピング検査によって禁止物質であるボルデノン(筋肉増強剤の一種)が検出されたため,ITFのドーピング規則(Tennis AntiDoping Programme (以下,「TADP」といいます)に基づき,同選手を訴追しました。同選手には暫定的な出場停止処分を課されていました。
 ファラ選手はボルデノンが検出された事実自体は争いませんでしたが,ボルデノンの検出が,検査の前日に自分の母親が調理した牛肉料理が原因であると主張しました。同選手は,証拠により,
 ・従前の検査では禁止薬物が検出されていなかったこと
 ・本件検査の前日に自宅に母親や家族と共にいたこと
 ・彼の母親が地元のスーパーマーケットで牛肉を購入したこと
 ・コロンビアではボルデノンが流通しており,牛の畜産においてボルデノンが使用されていること
 ・流通している牛肉を食べた際に人の尿から検出されうる量が本件サンプルと矛盾ないこと
などを立証しようと試みました。
 結論としてITFは彼の主張を受け入れ,彼によるボルデノン摂取が意図的なものではないこと,摂取に過誤または過失がないことを認め,ドーピング違反に基づく出場停止の処分が完全に排除された旨決定しました。

 各スポーツの世界競技団体は,世界アンチドーピング機構(WADA)の委任を受けてアンチドーピング規則を制定していますが,ITFでは上述したTADPという規則が定められています。
 TADPによれば,検出された物質が禁止物質のうち「非特定物質」に該当する場合,原則として4年間の出場停止処分がなされるものと定められています(TADP第10.2.1項)。ただし,TADP10.2.2項によれば,違反が意図的でないものであるとプレーヤー側が証明できた場合,この出場停止期間が2年間に減縮されます。また,TADP第10.4項は,当該プレーヤー側に過誤または過失(Fault or Negligence)がないことを証明した場合には,出場停止期間は排除される旨定めています(なおこれらの規程は世界アンチドーピング規程(WADC)の強行規定であり,WADC第10.2.1項,第10.2.2項,同10.4項にも同趣旨の規定が存在します)。
 ファラ選手は,本件においてこれらの証明に成功したということになります。ここにいう「証明」は,法律用語でいう「証拠の優越」(balance of probability)で足りると解されています(WADC第3.1項)。証拠の優越とは,ざっくり言えば,ある事実が存在することが「間違いない」とか「可能性がとても高い」という程度まで証明される必要はなく,「どちらかといえば正しそうだ」という程度の証明で足りるをいいます。とはいえ,決定書によれば,ファラ選手は公的な証明書,親族の陳述書,専門家の陳述書,科学的証拠や統計的なデータなど,できうる限りのあらゆる証拠を提出して,違反に過誤や過失がないことをはっきりと証明しようとしていたことが窺われました。
 ファラ選手はトーナメントに復帰できることとなり,選手を応援する立場としてほっとした方も多かっただろうと思いますし,私も同様の感覚を覚えました。

以下,決定書へのリンクと関連規定です。
https://antidoping.itftennis.com/media/315867/315867.pdf (決定書)
https://www.playtruejapan.org/upload_files/uploads/2018/04/wada_code_2015_jp_20180401.pdf (WADC日本語訳)
http://cms.itftennis.com/media/301992/301992.pdf (TADP2019)

(英語の読解にはあまり自信がないので,何か誤りがあればぜひご指摘ください)


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: