スポーツに関する典型的な裁判は,スポーツ中の事故です。
今日紹介するのは,テニススクールの練習中に起きた事故の事例です。
横浜地判平成10年2月25日(判例タイムズ992号147頁)
【事案の概要】
本件の原告と被告は,テニススクールの同じ最上級クラスに所属していたプレーヤー同士でした(なお,テニススクールを経営していた主体である会社も被告となっていましたが,以下「被告」というときにはプレーヤーを指します)。
事故は,練習中に起こりました。クラスの練習人数は7名で,コート内ではボレー対ストロークの練習メニューが行われておりました。コート内には4名おり,7名が順番にコート内に入り,コートに入っていない3名は待機することになっていました。
事故当時,被告はコート内でボレーヤーをしており,原告は待機の順番で被告から見て左後方のコートサイドのベンチに腰かけてラケットのストリングを触っていました。その時,被告が打ったボレーがフレームにあたって弾道がそれ,原告の目に直撃して大けがをしてしまいました。
【裁判所の判断】
裁判所は,次のように判示して,原告の請求を棄却しました。
(テニスの練習はコート周辺にもボールが飛んでくるのだから)各練習生は自ら適切な待機場所を選んで,自己の安全を確保し,かつ,プレーの妨げにならないように配慮すべき義務がある。この点は,本件テニス教室の受講規約にも,受講生の義務として同趣旨が明示されている。
(コーチは)待機位置などについては,各練習生自身が適切に対処するであろうことを期待してよく,明らかに不適切でなければ,事細かな指示を与えるべき注意義務はない。
(プレーヤーは)ルールを順守してまじめに取り組んだ結果,ミスをしたとしても直ちに過失があるとはいえないから,ミスショットをしない注意義務や,あえて弱くボレーをする注意義務があったなどとはいえない。練習メニューが妥当なものであり,待機位置については各練習生の判断にゆだねられるべきものであったのだから,被告の待機位置をコーチに申し出たり,自分で指示すべき義務があったとはいえない。
テニスをしている人でフレームショットをしたことがない人はいないと思います。この裁判は,フレームショットが招いた不幸な事故について,打った側の責任を否定した事例です。
スクールのレッスンにおいてはボールが飛び交うことになりますので,そこにおける安全確保は重要な課題です。
この事案は,具体的な事実関係をもとに,被告に被害結果を予見できたかどうかや,被害結果を回避する義務があったかどうかを検討して請求棄却の判断を導きました。たとえばレッスンに参加しているのだからその程度の危険は受忍すべきだとか,プレー中の事故なのだから一律に違法性がないといったような判断はしていません(被告はこうした主張もしていましたが,裁判所は採用しませんでした)。
(もとよりこの裁判例は何ら規範的な意味を持つものではありませんが)したがって,この判決のような考え方を前提としても,スクールやコーチ側も適切な安全措置を講じていなければ,法的責任を問われるケースはもちろんあります。スクール内での安全確保の措置やルールの策定が望まれます。万一のための賠償保険などのリスク管理が必要なのはいうまでもありません。プレーヤーも,危険なプレーをすれば法的責任を問われる可能性があります。こうしたリスク回避のため,近時は一般プレーヤーのためのスポーツ保険も浸透してきました。
この事案を具体的に見てみると,練習メニューはメンバーの技量に照らして危険なものではなく,ミスヒット自体も被告に落ち度のあるようなものではなかったうえ,原告自身も注意できたのにしていなかったなどの事情がありますので,請求棄却という結論に一定の合理性があると思います。
ただ,けがを負ってしまった方は眼球から出血し,その後後遺症を残す大けがを負ってしまったようです。法的判断はともかく,痛ましい不幸な事故であることにかわりはありません。こうした事故が少しでも少なくなるような安全措置の実施が望まれますし,プレーヤー側も危険なプレーを避け,自分の安全を守るという意識が大切だと思います。