テニス関係裁判例紹介「熱中症による事故」

 今年も高温になる日が続いています。熱中症の危険が様々なところで叫ばれていますね。
 今日は,部活動中の熱中症に関する裁判例の紹介です。
 当時ニュースにもなった,大変痛ましい事件です。

 神戸地判平成26年1月22日(LLI/DB判例秘書L06950673)
 大阪高判平成27年1月22日(判時2254号27頁)

【事案の概要】
 高校でのテニス部の練習中に,突然生徒が倒れ,救急搬送されました。
 生徒はいったん心停止に陥った後回復したものの,低酸素脳症により重度の後遺症を負ってしまいました。
 生徒及びその両親が,顧問の教諭や校長の義務違反によるものであるとして,地方公共団体を訴えました。

【裁判所の判断】
 第一審である神戸地裁と大阪高裁で判断が分かれました。
 第一審である神戸地裁は,生徒が熱中症(熱射病)に罹患したと認めるに足りる証拠はない,として原告らの請求を棄却したのに対し,大阪高裁は生徒が熱中症に罹患したことを認定し,教諭が部員の健康状態に支障をきたす危険が生じないように指導する義務に違反したとして,地方公共団体の賠償責任を認めました。
 (その後,地方公共団体側の上告が,最高裁判所で退けられたようです)
 生徒が熱中症に罹患したといえるか否かについては,第一審及び控訴審を通じて,医学的な見地からの主張立証の応酬がなされ,かなり激しい攻防になっていたことが判決上見て取れます。かなり専門的な内容にわたるのでここでは割愛し,ここでは,熱中症の罹患を認めた控訴審の判断を前提に,部活の顧問教諭の責任に関する判示について述べようと思います。

 控訴審では,部活の顧問について,次のような義務を認めている点が注目されます。

 「顧問が練習メニュー,練習時間等を各部員に指示しており,各部員が習慣的にその指示に忠実に従い,練習を実施しているような場合には,顧問としては,練習メニュー,練習時間等を指示・指導するに当たり,各部員の健康状態に支障をきたす具体的な危険性が生じないよう指示・指導すべき義務がある」

 そして,事件が起こった日は初夏で気温も高く,試験勉強明けで十分な睡眠もとれていない可能性がある等の熱中症のリスク要素に言及しながら,以下のように述べました。

 「本件練習に立ち会うことができず(注:事故当時,顧問教諭は出張のため練習の最初の30分間しか立ち会っていなかった),部員の体調の変化に応じて時宜を得た監督や指導ができない以上,教諭においては,部員らの健康状態に配慮し,本件事故当日の練習としては,通常よりも軽度の練習にとどめたり,その他休憩時間をもうけて十分な水分補給をする余裕を与えたりするなど,熱中症に陥らないように,あらかじめ指示・指導すべき義務があった。
 それにもかかわらず,通常よりも練習時間も長く,練習内容も密度の高いメニューを指示したうえ,水分補給に関する特段の指導もせず,水分補給のための十分な休憩時間を設定しない形で練習の指示をしていたことが認められる。したがって,上記義務に違反したものというよりほかない。」

 この事件の事実関係に合わせた事例判断ではありますが,熱中症の危険については社会に広く認知されており,指導監督者に熱中症予防のための一定の義務が課されることは常識的にも納得できるところでしょう。そして,その義務を怠って事故が起きれば,損害賠償等の責任が生じる場合があります。
 これは,部活だけでなく,テニススクールの指導者などにも当てはまるでしょう。高温の際には,一定時間ごとに水分補給や身体冷却のための休憩時間を設け,常に練習に立ち会い,異変があれば都度対処する姿勢が求められます。これはもちろん何よりもプレーヤーの健康のためですが,部活やスクールを主催する側からすれば一定の法的リスクともいえます。気温が急に上がる初夏や,高温になる夏場には,特に注意する必要があります。

 さて,この裁判で言及されているような義務は,テニスに限ったことではないと考えられますが,大阪高裁は神戸地裁よりもさらに,テニスの中身に踏み込んで判断をしました。

「2本のコーンをエンドラインに立て,1人が1,2秒程度のタイミングで手で球出しをし,打ち手の3人が球出しのタイミングに合わせて,サイドステップで8の字を描くようにコーンの周りを移動しながら,フォアとバックで球を打ち,残りの一人がコート外で素振り等をして待機し,20球ごとに球出し,打ち手,待機の役割を順番にこなしていくというものであった。打ち手は常にサイドステップでの素早い動きを要求され,球出しやほかの打ち手とのタイミングをずらさないように神経を使うため,かなり負荷のかかる練習であった。」

 コートの対角線上で,ストロークの打ち合いをするものである。原則としてベースライン上で撃ち合うが,ロングクロスのみでなく,ショートクロスや,スライスの球を打つなどした。このラリーは続けるためのものではなく,実力が拮抗した者同士が組んで,相手に簡単には球を打たせないように打ち合うもので,実践的な練習であった。

 私も一応学生時代にテニスに真剣に取り組んでいたのでわかりますが,この練習,さぼらずにしっかりと足腰を使って行ったら,相当キツいです。大阪高裁は,こうした練習の運動強度などを第一審より具体的に認定したうえで判断を導いていますが,高裁で当事者からもより詳細で具体的な立証活動がなされ,精密な判断がなされたことが窺われる判決文でした。 
 
 最後に一つ。
 インターネット等でこの事件の情報に触れる中で「自分でも異変を感じたら無理せず休めばいい」というような意見に触れました。
 でも,それはたぶん,難しいんだと思います。仲間も厳しい練習をしている中で自分だけ音を上げる,逃げてしまうという感じがすると思います。ライバルに負けたくない,厳しい練習に負けたくない,という気持ちを持つ学生もいると思います。まじめで熱意のある学生ならなおさらです。異変を感じたらもちろん休むべきですが,ギリギリまでそうも言っていられない環境というのも,あるんだと思います。
 ですので,まずは練習を主催する側が環境を整えることが最重要だと思います。
 こうした事故が,繰り返されないことを心から願うばかりです。


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