弁護士 山本衛 On Court

ルール

世の中にはたくさんのルールがあります。
ルールは時に「~してはいけない」というかたちをとり、我々の自由を制約します。
このルールは明確でなければいけない、というお話です。
明確な「~してはいけない」というルールは、逆に我々の自由を守る役割を果たします。

たとえば、「20歳未満の人はお酒を飲んではいけない」というルールがあります。
このルールによって、未成年はお酒を飲むことが禁じられました。
僕はお酒にずっと興味があったので、20歳でのルール解禁を心待ちにしたものです。
しかし、20歳になってしまえば、このルールによって、逆にお酒を飲む自由が保障されます。
20歳以上であれば、体が悪かろうが、酒癖が悪かろうが、お酒を飲むこと自体は誰にも妨害されないのです。
「精神的に未成熟な人はお酒を飲んでいけない」というルールだったらどうでしょう。
妻から「あんたは中身が子供なんだからお酒はダメ」と、いわれのない迫害を受けるかもしれません。
本来お酒を飲んでまったく問題ない大人が、「僕はお酒を飲んでいいほど精神的に大人だろうか」と委縮してしまうかもしれません。
政府が、ある特定の団体に入っている人は未成熟だという通達を出して、自由を制約しようとするかもしれません。
「特定の地域に住んでいる人」かもしれないし「特定の宗教を信仰している人」かもしれません。
「特定の性別の人」「特定の政党の人」・・・解釈についての通達の名のもとに、個人の自由が侵されていくかもしれません。

明確なルールは、人の自由を守ります。

実はこの話は、法律家であれば全員が学んだことのある原則を言い換えたものでした。
「罪刑法定主義」といって、刑罰を科すときには法律による明確な根拠がなければいけない、という原則です。
刑法は、さまざまな行為を処罰の対象としています。しかし、それは同時に、書かれていないことは絶対に処罰の対象にならないことを示します。
したがって、それが明確に書かれている限り、刑法は人の自由を守っているといえるのです。

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